2013年5月15日水曜日

もしも 神様がおられるのなら、、、


もしも 神様がおられるのなら、 神様は私のことを愛していらっしゃるはず。
神さまがおられることを前提として、 自分の人生を考えてみるのはどうでしょうか?

関心がある方は 下記をクリックしてください。

統一教会紹介




2013年5月10日金曜日

忘れることへの努力

 学校教育は覚えることを 重要視しますが、 人生60年近く生きてきて思うことは、 忘れることへの努力って大切だなあ、 と思うのです。

 以前 「喧嘩してわかった妻の記憶力」 という川柳が一等賞をとったそうです。

 男性よりも 女性の方が事細かく忘れずに覚えているようです。
この世の男という生き物は、 自分に都合が悪いことは、全部忘れるシステムになっているのではないかと、 思うのです。

 ですから、 私も 夫の今までのことは全部白紙にして夫が私を愛してくれたことだけを覚えて天国にもって行きたいと思います。

 ところで 私がひどく感銘を受けたのは、 伊達政宗の人生です。

 彼は、 5歳の時、 病気で片目の視力をなくし、家督を継ぐのにはふさわしくない、 と思われて育ちました。
次男を跡継ぎにしようと、 次男を寵愛する母。 彼は、 そんな実母から 二度も殺されそうになりました。 幼少の時に一度、 そして家督をついだ後、 次男を跡継ぎにするために、正宗を食事に招待して、毒殺しようとしました。 腹痛が起こりましたが、 幸い命を落とすことはわりませんでした。 その後、争いの原因である弟を自らの手で殺し家督相続争いを終わらせました。
そして実母は実家である最上(お隣の国)に帰りました。

 その後 秀吉が亡くなり、 権力を持って来た会津。 正宗は徳川に見方して、 会津を最上と共に挟み撃ちする計画をたてました。
しかし、 会津に向かう徳川に石田三成が撃ってきました。 徳川は引き返したので、最上も正宗も苦戦しました。 そしてついに、会津が最上を滅ぼす直前、 家来は 最上を救うのはあきらめてほしいと嘆願しました。

 その時、 正宗は家臣に言います。 「最上城に母上がおられる以上、 我が身が滅ぼうとも母上を救いに行くのが 息子の道理ではないか。」 

  徳川と石田三成の戦いは一日で終結。 すぐに徳川が応援に駆けつけ、 徳川 正宗の大勝利となりました。

 しかし 領地は拡大できず、岩手にのみに止まることとなりました。 外国に使者を送ったり、ローマ法王に手紙を書いたり、 海外に目をむける先見の明はありましたが、 鎖国で実りませんでした。
ちなみに正宗の時も大きな津波があって、 それに備えるために正宗も努力したようです。

 ところで、私の心を動かしたのは、 自分の命を一度ならず、二度も 殺されそうになりながらも、 実母を命がけで救ったことです。 なんと心の大きな人物だったことでしょうか。
憎しみを愛で消化し、 忘れて、 さらに愛する行為

 親が子供に信仰を捨てさせようと 今なお 日本で起こっている拉致監禁。
信仰者にとって信仰を捨てることは 命を捨てるのも同然のことです。

 親も子供も傷つくことになるわけですが、、 お互い愛し許さなければ天国にはいけません。

 特別は信仰をもっていなかった伊達政宗の息子の道理は、 拉致監禁経験者にとって、 大きな見本となると思うのです。



2013年4月28日日曜日

自分の理想世界を建設したい



自分の内面の世界を見つめることですね。
あまりにも 外的な世界に翻弄されて生きてきたみたいです。
だから たくさんの人が人生に疲れて 自殺したりするのかもしれないですね。





わかります。
願い事がもうすぐ 現実のものになることを信じて 感謝して生きることですね。
神様は私たちに、 創造性をあたえてくださったわけですから、 それを実践しなくっちゃね。

自分自身を再創造して 自分の理想世界を建設したいです。




2013年4月25日木曜日

47歳 プラス



4月23日に47歳 プラス 10歳になりました。 還暦までに それなりの人格を身につけたいと思います。
お誕生日に家族から愛と祝福を受けて、しみじみと家族のありがたさを感じる私です。

還暦に歌いたい歌の紹介です。




2013年4月9日火曜日

日本の大学での宗教迫害

統一教会信者学生が日本の大学が公平な扱いをするまで闘い続けると誓言した!

Unification Church Newsサイトに掲載されている日本人学生の記事を紹介します。

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hanayo_ito日 本で続く拉致監禁問題の背後にさらに根深い問題がある。それは大学での宗教迫害である。多くの大学では『カルト対策』と言う名のもと、大学当局が、新入生 に対しオリエンテーションの場でカルトへの勧誘に注意を促し、掲示板意は『カルトに注意!』書いたポスター、そしてチラシが配られる。そこには危険な宗教 トップランキングに統一教会の名前が掲載されているのだ。大学に夢と希望をもって入学した2生たちはどんな思いで大学生活を送っているのか、多くの2世は 自分が統一教会の信者であることを隠し続けて、大学を卒業する。日本の社会が統一教会に対するイメージが悪い為に多くの2世は統一教会と言う信仰を隠さな ければ就職が出来ないと言う。 
大学教授には統一教会、CARPに所属していると就職が無い、単位をくれない、ブレードを落とすと脅す教授もいる。中には大学当局が学生に対しカル トの専門家を紹介して脱会説得を進めるというケースも見られる、それは脱会説得と言う名の『拉致監禁・強制改宗』の手助けをしているのである。
その様な問題を解決する為に立ち上がっている2世の勇気ある姉妹がいる。千葉大学カープ代表、伊東はなよさんだ。彼女はこの現状を米国の2世に伝え、米国からの協力を求めて昨年7月にニューヨーク、メリーランドを訪問したことは、この米国公式ホームページで紹介した。
彼女がこの度、大学を相手に調停と言う行動を起こした。調停は米国裁判方式では散在しない為理解しがたいかもしれないが、伊藤はなよさんが弁護士を使って裁判所に、千葉大学との話し合いを求めたものである。
その結果を伊東さんは次のように自身のフェース・ブックで発表した。


大学ではもうご存知の方も多いですし、この記事を見て驚く方もいると思いますが、自身は一般に言う「統一教会」の二世として生まれました。現在は千葉大学の学生であり、同時に千葉CARP(原理研究会)の学生代表です。
 もちろん、二世として生まれたからと言って、最初から信仰者であるはずがありません。今もこうした家に生まれたことを悩んだり、疑ったりしながら、「何が正しいのか」、そして自身は「どう生きていくべきか」を模索しながら生きています。

長い記事になりますが、真剣に書こうと思います。

このたび、千葉大学に調停を申し立てました。
 それは千葉大学が、統一教会を始めとする新興宗教を、その実態を知らずに危険視し、批判を繰り返したからです。
 さらには、その批判は、純粋に学問の上で、社会貢献を目指して活動途上だった千葉CARPのメンバーにまで飛び火しました。
 詳しい内容は、今まで多くの方々の理解を求めて、あらゆる場所で語らせていただきましたから、ご存知の方も多いでしょう。
 学生の呼び出しがあり、一部の教授による進路の妨害や脅しがあり、個人的ないじめもありました。
 私たちの多くは今までそれに耐えて、沈黙してきました。
 大学と、地道に話し合いの場を設け、お互いの理解を求めて努力してきました。
 しかし、学生一人の努力では、極めて困難な取り組みでした。
 そこで、第三者の協力を得て、弁護士さんのご尽力と合わせて、今回の調停に踏み切りました。

結果は不成立。
 千葉大学は学生の意見、話し合いに、一切応じる気はない、という返答でした。

とても残念に思います。
 大学とは誰のためにあるのか。
 私は将来、大学教授を目指していますが、本来大学とは、純粋に学問を探求し、高めあう場ではないのでしょうか。
 それは教授だけではなく、大学の保身のためでもなく、学生の意欲や熱意に支えられるものではないのでしょうか。
 今回、大学に意見したことは、個人の信仰を守るためだけでなく、今後、学生たちが本当の意味で、自由な信仰や表現が守られ保障されるためです。それが日本のためになると思ったからです。
いまのところ、これが正しかったのか、まちがっていたのか、私にはわかりません。もし私が間違ったことをしたのなら、私はこれまでの生き方から見直し、反省すべきでしょう。新しい人生を考えることもできるかもしれません。
 でももし、私が今回行った主張が、人として当然すべき権利に当てはまるなら、たとえどんなに反対があったとしても、出来る限りの努力をし、足掻いてみようと思います。

もし同じように悩みを抱える人がいるなら、こんな一人の学生がいるということが、希望になるよう願っています。


彼女の勇気ある行動をより多くの米国食口に伝え、今後の彼女の戦いを応援して行きたい。日本の2生たちが胸を張って、自分の信仰について語り、キャンパスで堂々と伝道することが出来るようになるまで、国を超えて共に戦って行きたい。

2013年4月4日木曜日

 雨にも負けず、 風にも負けず、、、、



 雨にも負けず、 風にも負けず、 
雑草のように踏まれても、踏まれても、 決してあきらめない強靭な精神力を持ち、

 風に揺られるススキのように、 あっちに行けと言われれば、 あっちに行き、
こっちに行けと言われれば、 こっちに行き、

 流れる水のように、 大きなマスにも、小さなマスにも、 四角にも、 三角にも、 笑って入り、

 神様の為に狂った人と疎まれることはあっても、
決して、褒められるわけでもなく、
別に感謝されるわけでもなく、

 何を言われても、 傷つくこともなく、批判するすべをも知らず、

 自分がもっていない人の幸せを聞けば、 自分 のことのごとく喜び、

 そして 自分と神様しか知らない 神様と私の人生の足跡のみを楽しむ。

 そういう人に私はなりたい。

 そうなのです。

 私の目標は、 天宙的 高次元的 バカなのです。




2013年3月14日木曜日

うーん やっぱり自分が問題か、、、



大河ドラマ 『八重の桜』を見ながら、 福島の復興 東北震災の復興に思いを馳せます。
会津の悲劇は忠臣蔵に勝るとも劣らない忠孝を貫いています。

運命に翻弄されながらも、 それでも前向きに生きている福島の人々の姿は輝いています。

しかし忠の一字で時代の流れをキャッチできなかった会津の殿様、松平容保は無念です。
どうしてもっと忠臣の意見に耳を傾けなかったのか、中心者の判断は恐ろしいです。

そして今まさに世界各国が、国家的に時代の流れをキャッチするかどうかの瀬戸際の時といえるのではないでしょうか。

中東問題はますます激化してます。
日本も、隣国中国韓国との関係が困難です。

家庭内での兄弟の喧嘩とよく似ています。
大きなお兄ちゃんからいじめられても我慢できますが、 弟から殴られては腹が立つのは堕落人間の心理です。

韓国は大国中国からの侵略が80%なのに日本からの侵略のみを恨みます。
日本も同様、アメリカから原爆を2度も落とされても大国アメリカに対してはあきらめています。
アメリカは小国日本からの攻撃パールハーバーを忘れるなを毎年12月に報道してます。
外交と人間関係は良く似ています。
自国の利益ばかりを追求する外交には、 世界平和は程遠いでしょう。

私は最近思うのです。
誰かが突破しないと、 どこかの国が突破しないといけないと。
日本人が超日本人に日本が超日本になれたらどうでしょうか。

誰かがとか どこかの国がではなく、自分から自国からと思うことが早道です。
人を変えるためには、 自分が変わらなければならない道理と同じです。

日本人の目で他国の人をみるのではなく、 世界人の目で他国をみるのです。
そうできたら、もはや日本人の島国根性は消えてなくなるでしょう。
韓国人が日本人の過去の罪を追求批判してきても、 それを抱擁して余りある愛を与えることができたら、 日本人は世界人になれるでしょう。

世界中が自国と思えたら天国は近いですね。 日本人であることを忘れて世界のために生きる日本。それを実践する国は世界の中心となっていくことでしょう。
自己中心 自国中心の感情的な生き方は古い生き方、 他のために自らを燃焼する生き方こそが、これからの時代をキャッチしたクールな生き方なのではないでしょうか。

幕末の勇士たちは 未来の日本の実現を夢見て命を差し出しました。

故文鮮明師は 他の為に生きることを生涯実践されました。

私も  自分が日本人であることも忘れるぐらいに 他を愛したい。
しかし それを実現するためにはまず、 自分を愛し 自国を愛することができてからのことです。
世界平和のために、 自分を愛し 自国を愛す。ってこと。
夫 子供を愛するのも世界平和のために 、、、現在を愛で克服することなくして、未来はないのと同じですね。

うーん やっぱり自分が問題か、、、