2015年2月2日月曜日

「美智子、 家族でタイへ行く。」の巻き

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            バンコクで一番大きな寺院で、まぶしそう、、

東南アジアのタイでの結婚式に参加する為、 日本からタイに行きました。(タイに行く前に日本に寄った。)

 バンコックで見たのは、 ナント!ナント! 走っている車のほとんど全部がピカピカの日本車なのです。 実際、 日本車以外は、私見てません。

 日本が道路を造って、 インフラ整備をして、車を販売してきたんだなぁ~。とつくづく 思いました。
がんばってきたんだなぁ~。

 義兄のお嫁さんも、 彼女の従兄弟も、そしてその友達も、みんなクチを揃えて「日本には感謝している。日本の会社はたくさん給料くれて、ボーナスもくれて、日本語も英語も教えてくれた。だから今、 英語がしゃべれる。」と、、

 タイでは小学校から英語は教えられているが、 外国の会社に勤めないと英語はしゃべれないと。

 象に乗って散歩しましたが、犬小屋よりも少し大きな小屋を見まして、 おお、 ナント! 人が住んでいると聞いて、胸が痛みました。
あんな立派な寺院が建てられているのに、、、

 多くの人は、ハエがたかっている食べ物を食べるのにも意に介さない。Oh No!
スマホを使いこなしながらも、 公衆トイレは水洗ではなく、 ひしゃくで水を汲んで流す。
トイレットペーパーは付いてなくて、 そして有料。

 あ~何とまぁ。日本 アメリカは恵まれていることか。 ここでは当然のことが
そうではないのですから、申し分けない思いが、、、なんとなく、、

 日本が今までがんばってきたけど、東南アジアに対する母の使命は、まだまだ先が長そうです。

 タイは仏教国でいたる所に寺院があります。そして象を崇拝しているところは、 まるでヒンズー教のようです。 日本のワビ寂びとは正反対のキラビヤカな寺院は秀吉好み、イやそれ以上。
そういえば、 大乗仏教と小乗仏教に、インドから分かれて東と南に行ったんだよね。な~るほど、、

 でもビーチの景色は最高!元旦の日の出は忘れられない。
そしてタイフードは激辛で、 冬とはいえ、 Too Hot!なタイでした。

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長女と私がこの象に乗っていて、 散歩の前に長男と次女が餌をあげている。






2015年1月19日月曜日

美智子 家族連れで日本へ行く!!



 12月17日から日本の姉の家に家族5人で行きまして、 クリスマスの日、タイに行き28日の義兄の結婚式に参加して、1月4日アメリカに帰国しました。
日本行きは私にとって9年ぶり、 家族にとっては22年ぶりでした。
その間、数回日本にいきましたが、 実家や親戚の家に泊まることはできませんでした。

 思えば22年前、 幼い子供たちをつれて帰る私に、父 と兄は頑なに会おうとはしませんでした。
そしてその時から10年後の親の葬式も知らされることは、ありませんでした。

 今回、 姉の計らいで家族そろって墓参りできたことは、 今までのことを清算して、新しい出発を意味するものと思いました。

 姉二人と甥と姪3人と姪の子供たち3人つれて露天風呂、温泉での夕食、 その後のカラオケ大会。 家族と姉、 甥とで、マイクの奪い合いのように、どんどん歌いまくりました。
ふだんオトナシイ息子が歌う歌に驚く私、 へぇ~ あんがい やるじゃん。
家族でカラオケ 最高でした。

 姉は私の食べたいもの全て食べさせてくれました。
毎日の日本の朝食、 お好み焼き、 たこ焼き ラーメン 餃子 しゃぶしゃぶ 和牛肉。
姉たちから20年分の愛をいただきました。

 甥のガイドで京都見物と大阪城見物 (大阪城は子供たちだけ 親は疲れて、、)

 夫と子供たちに自分の国、自分の親戚を誇れる私は、幸せを満喫しました。

 外国人が一番行きたい所は京都だそうです。
いたるところに世界遺産。 昔ながらの街並み、 ゴミひとつ落ちていない、 もううっとり はまってしまいました。
行った所は、2000年前に桓武天皇によって建立された下かも神社 700年前足利義満によって 金閣寺
西行法師の建仁寺 などなど、、
 それから感動したのは100円ストアの質の高さ。

そして私たちは クリスマスの早朝、 皆に見送られながらタイへと出発したのです。

つづく




2014年12月5日金曜日

僕が飛び跳ねる理由

 



「自閉症の僕が跳びはねる理由」の作者 東田直樹さんと アイルランド在住の作家デイヴィッド・ミッチェル氏の交流 人と人との出会いは時に奇跡を起こします。 日本の自閉症の少年と アイルランドの作家との出会いから生まれた希望の物語です。

https://www.youtube.com/watch?v=kpZO3cVTTJo
https://www.youtube.com/watch?v=3gtCpBqf63s


今日散歩していたら 14歳になる自閉症の男の子も持つ女性に出会いました。
私は このビデオを見るまでは、 自閉症がどんな病気なのかをあまり知りませんでしたし、知ろうとも思いませんでした。ただ気の毒にしか思えませんでした。

しかし、 このビデオを見て、 神様はみんなを愛してくださっているし、 みんな神様の子供なんだと実感しました。 ヘレンケラーの言葉 「障害者は不幸なのではなく、 ただ不便なだけなのだ。」という言葉を思い出します。

私は自律神経失調症に5回もなりました。 自分の体が自分の体ではなく、 心と体が別々の存在。 という感覚 がよくわかります。 歩こうと立ち上がっても、 突然足が動かなくなる。 眠ろうと思っても眠れない。 一口食べて体が焼けるように熱くなるというふうに体温調節ができなくなる。人が怖くて 外に出れない。 ただ自然と一体化するときだけが平安でした。それは地獄なのです。

自閉症は そんなふうに、 自分の思うように動かなくなった体と一生つきあっていかなくてはならないのです。

ひとりでも多くの方が 自閉症について理解が深まっていけることを祈ります。




 

2014年12月2日火曜日

幸福の黄色いハンカチ

              http://iwiz-movies.c.yimg.jp/im_siggcHvVOkFincTebxiAYcRDlQ---x680/c/movies/pict/p/p/03/57/153702_01.jpg 

 先日 高倉健さんを偲んで、「幸福の黄色いハンカチ」をテレビで上映してました。 
1977年作だそうです。

 ヤクザ上がりで、 今度こそまともな人間になろうと決意して九州から北海道に出てきた島は光江に出会い、 声をかけるのに6ヶ月もかかりますが。 強引に結婚。 
 光江は妊娠したものの、不注意で流産。 それで荒れた島は道端でチンピラと喧嘩して男を殺してしまう。 そして又もや刑務所入り6年。 その時島は光江の将来を思って一方的に離婚。
そして出所する日、「もしもまだ一人でいるなら、 そして自分の帰りを待っていてくれているのなら、
黄色いハンカチを家の前に掲げていてほしい。もし 掲げていないのなら、 きっぱりとあきらめて二度とあなたの前にはあらわれない。」と葉書を出します。
黄色いハンカチは光江の妊娠が確実の時、仕事中の夫に知らせる為に光江が決めたサインだったのです。

「信じて待つ」 なんて美しい行為なんでしょう。 愛の最も崇高な行為ではないでしょうか。
その崇高な行為は 周囲の人々を感化させていくのです。
感動の涙でした。


2014年11月16日日曜日

後藤徹氏 遂に勝訴判決!

後藤さん、長い間、 本当にお疲れ様でした。 

後藤徹氏の控訴審で勝訴判決! 被告らに2200万円の賠償命令

2014年11月14日
 11月13日(木)午後2時半から、東京・霞が関の東京高等裁判所で、「全国拉致監禁・強制改宗被害者の会」の後藤徹代表が、自身に対する拉致監禁・棄教強要に関与した親族や新津福音キリスト教会の松永堡智(やすとも)牧師、職業的改宗活動家の宮村峻(たかし)氏などを相手取って起こした民事裁判の控訴審判決が言い渡されました。

 裁判長は、拉致監禁の事実認定について後藤代表の主張をほぼ全面的に受け入れ、 一審被告である兄夫婦と妹の3人に対して総額2200万円の支払いを命じるとともに、同じく一審被告である宮村氏に対しては、上記損害のうち1100万円 を、また松永牧師に対しては同440万円を連帯して支払うよう命じました。

 東京高裁は判決で、後藤代表が1995年9月、都内の実家からワゴン車に乗せら れて新潟市内のマンションに拉致されて以降、2008年2月に東京・荻窪のマンションから解放されるまでの約12年5か月にわたり、「監禁」ないし「行動 の自由の違法な制約」がなされていたと認定。
 その上で、松永牧師については、後藤代表の家族の違法行為を「黙認」「鼓舞」したばかりか、「(後藤代表の)自由を制約して脱会の説得をすることを幇助していた」と判断しました。

 また、宮村氏についても「(後藤代表の)拘束について、これを理解した上で幇助していた」とし、さらに松永、宮村両氏は後藤代表に対して、統一教会の信仰を棄てることを強要していたとして、「共同不法行為責任を負うべきである」と言明しました。

 今回の控訴審判決は、賠償金額以外の点では極めて公正妥当な認定判断を行い、拉 致監禁、脱会強要活動を断罪したもので、信教の自由の観点から高く評価できるでしょう。これまで、統一教会信者に対する拉致監禁、脱会強要活動に対して、 「親子の話し合い」なる弁明を採用してその違法性を減殺しようとする判決もありましたが、今回の判決によって、今後は、こうした弁明は一切通用しなくなる ことでしょう。

後藤徹代表のコメント
 「31歳から44歳までの12年5か月にわたり、同じ天井と壁を見るだけの毎日 でした。最後の約10年間監禁されていたのは、表の通りをたくさんの人が行き来する東京・荻窪のマンションでした。現在の日本においてこのような事件が実 際に起こるとは最初の頃は信じてもらえませんでしたが、一審判決を経て、今回、より一層踏み込んだ判決を得ることができました。松永、宮村両氏から徹底的 に教育され、焚きつけられた結果、家族は長期間の監禁事件を引き起こしたと考えています。こうした犯罪が過去50年近くにわたって行われ、約4300人が 被害を受けてきました。中には、自殺に追い込まれた女性や、マンション6階から逃げようとして地面に落下し瀕死の重傷を負った男性もいます。私の裁判を通 して、そのような現実を一人でも多くの方々に知って欲しいと思います」

 なお、判決が言い渡された直後に、東京高裁前で後藤代表が勝訴報告を行った際の映像が、以下のURLからご覧いただけます。~ 統一教会サイトより抜粋